本当に信じられない統合失調症の発症の驚くべき出来事がなぜ私の母に起こったのか?現実を否定しようとしてもできなかった現実からの逸脱、統合失調症による初期発症の治療や無理な隔離など、6つの経験を共有します。
✅母の驚くべき人生物語
私の病気について話す前に、まず私の母の驚くべき人生について話してみます。
22歳の裕福な家の長男の長女として嫁ぎ、順調に最初の息子を出産。順調だと思っていた息子の1歳の誕生日を迎えた後、突然5歳の女の子が現れる。父親は隣の町の未亡人との間に生まれた子供(姉)だった。その時、母は衝撃で気絶したそうです。
その後20年が経った時、母はその時の衝撃や苦しい嫁ぎ生活のために、時々近所の寺に通い、心を落ち着かせていました。そして姉が持ってきたコピー用紙の裏紙に筆ペンで一生懸命に仏教の経典を書き写し、心の修養を積んでいました。
上で言及されたあの姉(お姉さん)の存在も、優しいお母さんのおかげで、ほんの少し前にようやく知ったのです。実の姉妹だということも、近所のお姉さんが教えてくれて初めて知りました。
そのように不敬な書き写しで難しい漢字も皆知っていましたよね。
ある日、酒を飲んで帰ってきた父は、その母親が気に入らなかったのか、その本をすべて燃やしてしまいました。母は意識を失い、笑ったり泣いたりを繰り返しました。
幼い頃、母と話ができないことがどれほど怖かったかしれません。寺に駆け上がり、僧侶に尋ねると、「父を恨むのではなく、心から母の精神が戻るように祈りなさい」と言われました。本当にその時は祈るだけでした。父を殺したい気持ちを胸にしまいながら。夜明け頃、母は正気を取り戻し、その時の喜びは今まで生きてきて最大の喜びでした。
そして40年が経った頃、忘れていた母は統合失調症から始まり、認知症にまで至りました。
統合失調症とは
一般的に、統合失調症は脳に異常が生じることによって発症する生物学的な疾患だと知られています。
生物学的な原因や遺伝的な原因、ストレスなどの心理学的な原因も複合的に作用しているのだそうです。
✅ 初期症状
最初は活発だった母が次第に目の焦点がぼやけ、電気をつけるのを嫌がり、家に引きこもってただ眠るだけになりました。
母は有料の老人ホームにいましたが、ある日から母の服をレストランの女性が持ち去るようになり、共産軍が来たと言って隠れると、別の祖母の部屋に隠れるまで始まりました。その祖母は驚いてしまい、その祖母の治療費まで支払わなければなりませんでした。
それで、その老人ホームを出て、ちょうど退職もしたので、母を私が世話することにしました。
放置
私たちは母親が統合失調症であることを知らずに放置してしまいました。認めたくありませんでした。
それはただの統合失調症ですね
治療が難しいながらも、正常な目では信じ難いのが統合失調症だそうです。
私は彼を世話しながら、思い出したくもない夫との交際時代を思い出して出て行くように電話があり、彼は何度も外に出て行こうとしています(父は23年前に亡くなりました)。
時には怖くて布団の中から出てこないこともあり、またある時は普通の私の夫が私を叩くとかわいそうだと言い、出勤する夫を見ても夫が死んだと言います。夫はお酒やタバコはもちろん、ハエ一匹も殺さないとても優しい夫なのに
✅治療開始
無理に統合失調症の話をせず、まずはアジュ大学病院で認知症の診断を受けました。
ちょうどその時に開業された先生に後に統合失調症を認めて病院で治療を受けることになりました。
認知症もあったので、コミュニケーションや方法もありませんでした。
ただ、神経安定剤を使ってだらだらさせて、睡眠薬の処方を多くするようになりました。
精神科の薬も服用されました。
絶対に医師の処方にのみ頼るしかありませんでした
隔離と改善
お迎えしようとしましたが、なかなか寝付かず、夫が出て行けと言うので、老人ホームにお連れしました。
その後、体重減少もかなり進み、薬の服用のせいか、夫が出て行けと言ったり怖いと感じる症状は改善され、薬の量も少し減らして服用しています。